ゲド戦記の原作は面白い?小説『影との戦い』を読んだ感想
『ゲド戦記』の原作を読んだきっかけは、作者アーシュラ・K・ル・グウィンの訃報でした。ジブリ映画は知っていたものの観たことはなく、「いつか原作で読もう」と思っていたところで訃報を目にして、大学図書館の地下まで借りに行きました。
ゲド戦記とは
第1巻が1968年に出版されたファンタジー小説。全6巻で、作者はアーシュラ・K・ル・グウィン。全米図書賞児童文学部門など多くの賞を受賞しています。
注意点として、ジブリ映画「ゲド戦記」は第3巻『さいはての島へ』をもとに作られており、第1巻の映像化ではありません。原題は”Earthsea”(アースシー)で、「ゲド」は主人公の名前、「戦記」という内容でもありません。
第1巻『影との戦い』のあらすじ
魔法が存在するアースシーの世界。主人公ゲドは魔法の才能を見出され、魔法学院ロークに入学します。しかしゲドは学院で禁断の魔法を使い、あの世から「影」を呼び出してしまいます。名前も形もないその「影」はゲドを追い続け、ゲドはやがて逃げることをやめ、影と向き合う旅に出ます。
読んだ感想
王道ファンタジーの骨格に、現実世界への問いが埋め込まれている本です。
世界観の作り込みが丁寧で、アースシーには無数の島と村があり、それぞれ文化・言葉・暮らし方が異なります。ゲドが冒険するたびに違う人々と出会い、違うもてなしを受ける。この積み重ねが世界に厚みを与えています。魔法学院ロークのシーンは、ハリー・ポッターのホグワーツを連想しました(こちらの方が先ですが)。
児童文学でありながら、大人が読んでも刺さる理由は、ストーリーの核に「自己認識」のテーマがあるからだと思います。
本から受け取ったメッセージ
名前について
アースシーでは「ものの本当の名前」を呼ぶことで魔法が使えます。ゲドが呼び出した「影」には名前がなく、だからゲドはそれをどうすることもできませんでした。名前のないものは認識できない、制御できない——これは現実にも当てはまります。病名がつくことで安心する感覚に似ています。
自分を持つこと
ゲドが悪の罠にかかりそうになる場面で、こんな一文があります。
他者に己をゆだねない人間はたとえ悪でもそのとりこにするのは難しい。
ゲド戦記I 影とのたたかい p183
自分の判断を他人に委ねないこと。それが外からの操作に対する最大の防御になるという話です。
己を知ること
物語のラストで語られる言葉が、この本の核だと思います。
自分の死の影に自分の名前を付し、己を全きものとしたのである。すべてをひっくるめて、自分自身の本当の姿を知る者は自分以外のどんな力にも利用されたり支配されたりすることはない。
ゲド戦記I 影とのたたかい p270
自分の中の嫌な部分、醜い部分、認めたくない部分から目をそむけない。受け入れ、ともに生きていく。それが「己を知ること」の意味だと読みました。
まとめ
ファンタジーとして純粋に楽しめながら、読み終わった後に「自分を知るとはどういうことか」を考えさせられる本です。ジブリ映画とは全くの別物なので、映画の印象で避けている人にこそ読んでほしいです。
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