カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』感想——「人生の意味」を問うSF文学
カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を読みました。
あらすじ
主人公のキャシー・Hは「介護人」として「提供者」と呼ばれる人々の世話をしています。提供者である親友のトミーやルースも、キャシーと同じ「ヘールシャム」という施設で育ちました。
物語は、キャシーがヘールシャムでの記憶を回想する形式で進みます。図画工作に力を入れた授業、週ごとの健康診断、保護官たちの言葉。施設を出てからのそれぞれの生活が重なるうちに、彼女たちの存在の真実へとたどり着いていきます。
「謎」がない小説
推理小説や謎解き系の作品は、続きが気になって夜ふかしすることがよくあります。ところのこの本は、読むのをやめても不安を感じませんでした。
理由はシンプルで、この物語にはあまり「謎」がないからです。物語は単調に進み、大きな事件も起きません。キャシーが自分の人生を静かに振り返るような語り口で、出来事が積み重なっていくだけです。
それでいて、読み終えた後に何かが残ります。
テーマは「人生の意味」
以下はネタバレを含みます。
登場人物たちには「提供」という役割がすでに与えられています。臓器を提供するために育てられた存在。彼らの生きる目的は、その役割を果たすことだとも言えます。
では、その役割と無関係な経験——友人との関係、創作したもの、感じた喜びや悲しみ——には何の意味があるのでしょうか。
物語の終盤、マダムがこう言います。
科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。
自分はこの言葉をこう読みました。すべてが「効率」と「役割」で測られるようになったとき、人間の内面や成長、感情といったものは無視される。そういう世界が「無慈悲で残酷」だと。
今の社会でも「生産性」という言葉がよく使われます。どれだけ売上を上げられるか、どれだけ成果を出せるか。それだけが基準になると、役割と関係のない経験はすべて無意味に見えてきます。
キャシーたちが経験した苦しみ、友情、別れは、提供という目的に対しては何の関係もありません。でも、それが無意味だったとは読んでいて思えませんでした。
人が「考える」という力を持っているのは、その過程で得られるものに何か意味があるからかもしれません。役割以外の経験を「楽しむ」こと自体に、生きる意味があってもいいのではないかと感じました。
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