3つ目の大聖堂で、感動は薄れていた|ケルンで気づいた『経験を積む』ということ

3つ目の大聖堂で、感動は薄れていた|ケルンで気づいた『経験を積む』ということ

8分で読める旅行
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スペインの次は、ドイツのケルンへ移動しました。2週間の旅も、ちょうど折り返し地点です。

後から振り返ると、ケルンは旅の感じ方が変わった街でした。新しい街を歩いても、大聖堂を見上げても、最初のころのような胸が震える感動は、もう湧いてこない。その代わりに、これまで見てきたものと比べて考えるようになっていました。

旅の全貌はこちらです。

ケルンはドイツ西部のライン川流域にある街です。ケルン大聖堂、ホーエンツォレルン橋、ケルン・チョコレート博物館などが有名な観光地として知られています。

ケルンに行きたかった理由

そもそもどうしてケルンの街を選んだのか。きっかけは大学1年生のときにあります。

入学して最初の教養の講義で、第二外国語としてドイツ語を専攻していました。その講義でドイツの文化や生活を紹介するビデオを見せられたのですが、そこに登場したのがケルンの街でした。

ドイツのビールやソーセージの美味しさ、ライン川の穏やかな様子。あの映像がずっと頭に残っていて、いつか行ってみたいと思っていたので、今回の旅程に組み込みました。

バルセロナからは飛行機で2時間程度で到着です。

宿泊したのはこちらでした。学生の団体客もいたためそこまで豪華な設備ではありませんでしたが、清潔で最低限のものは揃っていて、コスパよく滞在できました。

ケルンの食べ歩き

ホテルに荷物を預けたあとは、ケルンの街をぶらぶら歩きます。スペインのバルセロナとは気候も違い、少し涼しいです。街の雰囲気も、人の様子や町並みがバルセロナよりずっと厳格な感じがしました。

こういう通りにカフェが並ぶのはヨーロッパならではで、とても良いです。国土の広さと気候の賜物ですね。

街を歩いていくと、merzenich bäckereiというお店の店頭でヌガープレッツェルを売っていました。

店頭からはちみつのいい匂いがしてきて、思わず買って食べてみると、これがおいしかったです。

しかしよく見ると、蜂が大量に……。さすがにこちらは展示品のようで、商品は後ろから出してくれました。

それからお腹がすいたので、ご飯を食べることに。選んだのはBrauhaus FRÜH am Domというお店です。

バルセロナに比べて、ケルンでは英語でしっかりコミュニケーションを求められる場面が多かったです。レストランでもきちんと会話をして、その土地のおすすめを頼みました。

頼んだのはシュバイネハクセという、ローストした豚脚です。ドイツ語ではSchweinshaxe。

陽気なウェイターに「そんなに量は多くないよ!」と言われて頼んだのがこちら。ビールと合わせて最高でしたが、どう見ても量が多い。

なんとか完食して、お腹いっぱいになりました。一緒に、ケルン地方で伝統的に作られているケルシュビールもいただきました。水のような呑み口でとても飲みやすく、ごくごくいけてしまいます。

ケルン大聖堂へ

お腹も満たされたので、そこからケルン大聖堂へ向かいます。大聖堂はこの旅で、サン・ピエトロ大聖堂、サグラダ・ファミリアに続いて3つ目です。

ケルンの街はどこにいても大聖堂が見えるので、その大きさは歩きながら感じていました。それでも、目の前に立つとやはり圧倒されます。

3つ目の大聖堂で、感動は薄れていた

中に入っても、当然のように広大な空間が広がっていました。

正直に言うと、サン・ピエトロやサグラダ・ファミリアを見てきたあとでは、最初に大聖堂を見たときのような胸が震える感動は、もう湧いてきませんでした。

その代わりに、目が向いたのはステンドグラスです。ケルン大聖堂のステンドグラスからは、外からとても神々しい光が差し込んできます。

大量の光がふりそそぐと、浄化されるような神聖さを感じます

しかもこの窓が東側と西側の両方にあるので、朝も夕方も、聖堂の中に光が入るように造られています。サン・ピエトロでも、サグラダ・ファミリアでも、ステンドグラスや光の工夫を感じました。光というのは神々しさを感じさせるもので、神に祈りを捧げる場所である大聖堂において、大事な役割を持っているのだなと思います。

そして、さまざまなルーツを持つ人々が祈りを捧げている姿を、このヨーロッパの旅で何度も見ました。ヨーロッパ発祥のキリスト教が、大陸や文化を超えてこれほど広く根づいているのはなぜなのか。そこに興味がわきました。

気になって少し調べてみると、いくつかの背景がありました。初期のキリスト教は、身分や民族に関係なく救いを説いたため、当時のローマ社会で差別されていた人々や貧しい人々のあいだにまず広まっていったとされています。その後、313年のミラノ勅令で公認され、380年にはローマ帝国の国教になりました。地中海世界の中心だったローマの国教になったことが、一気に広がる大きな土台になったようです。

さらに時代が下ると、大航海時代とヨーロッパ諸国の海外進出にともなって、キリスト教は南北アメリカやアフリカ、アジアへと運ばれていきました。今では信者数が世界最大の宗教とも言われます。ケルンの大聖堂で、肌の色も出身も異なる人たちが同じように手を合わせている——その光景の背後には、2000年近い歴史の積み重ねがあるのだと思うと、目の前の祈りの姿が少し違って見えてきました。

こうして3つ目の大聖堂を見て気づいたのは、感動が薄れた代わりに、別のものが生まれていたということです。バルセロナとケルンの街並みを比べて思うこと、3つの大聖堂の光の差から考えること、ケルン大聖堂を前にして自分の記憶を振り返れること。最初の感動はもう来ない。でも、旅はむしろ深くなっていました。

当たり前のことかもしれませんが、これが「経験を積む」ということなのだと、ケルンで感じました。

スペインを発って、ヨーロッパの旅も後半に入ります。次はバーデン=バーデンへ移動します。

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井上 周(Amane Inoue)の個人ブログです。技術・読書・ドラマ・旅・大学生活のことを書いています。