バルセロナに来た理由は直感だった — 8年間、同じメルマガを読み続けていた話

9分で読めるライフスタイル
目次
  1. 8年間、同じことを言われ続けていた
  2. 論の芯は「気候」だった
  3. 二段階の意思決定
  4. 2023年に論調が変わった
  5. 自分の記録では、どう決まったか
  6. 直感のあと、論が実務に変わった
  7. 都合の良い材料だけを集めない
  8. 結局、なぜ来たのか

バルセロナに来た理由を一言で言うと、旧市街を歩いていて「ここに、住もう」と閃いたからです。理由らしい理由はありません。直感でした。

ただ、この直感が降りてくるまでに、自分は8年近く同じ話を読み続けていました。高城剛さんの有料メルマガ「Future Report」の読者Q&Aです。購読を始めたのは2017年11月、Vol.333から。手元に残っている回答を数えると460件になります。

直感は無から湧いたわけではなく、8年分の入力の上に降りてきた。そう考えるほうが正確だと思います。この記事は、その入力が実際には何だったのかを、自分の記録と照らし合わせて確かめ直したものです。

8年間、同じことを言われ続けていた

記録を見返して驚いたのですが、購読を始めた最初の月の号に、すでにEU永住権と子どもの教育の話が出ていました。

お子さんに「未来の選択肢」のひとつを大きく広げるとお考えになれば、30年後、「世界で働ける権利」は、なによりもの財産になるでしょう。 (高城剛『Future Report』Vol.334、2017-11-10)

2019年には、バルセロナを選んだ理由がすでに箇条書きに近い形で出ています。自分が初めてこの街を訪れる4年も前です。生活コストの安さ、食事のおいしさ、年間300日以上の晴天。この3条件でバルセロナを選び、永住権を取得したと書かれていました。

つまり選ぶ理由は、自分が動き出すよりずっと前に出揃っていたことになります。8年かけてそれを繰り返し読み、いつの間にか自分の判断基準として内面化していたのだと思います。

論の芯は「気候」だった

460件を論点別に整理すると、繰り返し出てくる主張はおおよそ9本に分かれます。気候、都市のサイズ感とハブ性、人と市民社会、ビザと永住権、地政学的な距離、分散、教育、日本のリスク、そして慎重論です。

このうち明らかに上位に置かれているのが気候でした。

生活では気候が「国の決め方」として大変大きい。人類は何千年も良い気候の場所で、文明を作り上げてきました。 (高城剛『Future Report』Vol.635、2023-08-18)

食事は選べても気候は選べない。だから気候が先に来る。反論しづらい単純さがあります。気候が人の気分を作り、それが街の空気になる、という順番で説明されていて、「街がゴキゲン」という表現が2018年から2020年まで繰り返し出てくるのは、この因果の結論部分だからだと今は思います。

二段階の意思決定

資料体のなかで一番具体的だったのは、高城さん自身の移住が二段階だったという説明です。

英国は外国人、特にスポーツ選手やクリエイターに寛大な税制優遇を行ったこともあって、世界中のクリエイターがロンドンに集結しました。僕も他ならぬそのひとり。 (高城剛『Future Report』Vol.595、2022-11-11)

このあと、街から空港が近く、天気が良く食事が安くておいしいという理由でバルセロナへ移ったと続きます。第1段階は仕事の都合、税制優遇でロンドン。第2段階は生活の都合、気候と食事と物価と空港の近さでバルセロナ。判断軸そのものが分離されているのが分かります。

仕事の拠点は人で決め、生活の拠点は気候で決める。同じ場所である必要はない、という考え方です。これは自分の状況にそのまま当てはまりました。仕事相手は日本にいて、住むのはバルセロナでいい。

2023年に論調が変わった

年ごとの件数を並べると、2023年が突出して多くなっています。円安の進行とパンデミック明けが重なった年です。

2021年までは思想と長期予測が中心でした。それが2023年には、デジタルノマドビザの収入要件や「移住は急いだ方がいい」という、統計と実務とタイムリミットの話に変わっていきます。まだ大きな経済ショックも戦争も次のパンデミックも起きていないうちに、というのがその理由でした。

自分が初めてバルセロナを訪れたのが2023年8月です。旅行として行った年が、たまたま論調が最も切迫した年だったことになります。偶然ですが、帰国後に読んだ号の温度は確実に上がっていたはずです。

同じ時期の号では、気候や食事という「表向き」の理由の裏に、通貨や資産の環境を変えるという意図もあると語られていました。自分がバルセロナに来た理由として人に話しているのは、まさに表向きのほうです。嘘ではありませんが、通貨や資産の話について、自分の言葉ではまだ何も言語化できていません。

自分の記録では、どう決まったか

改めて自分側の記録を並べると、こうなります。

2023年6月、「行きたい国」というメモを書いています。フィンランド、イギリス、ドイツ、フランス、スペイン、スイスのツーク。スペインは6つのうちの1つで、しかも旅行先の候補としてでした。この時点で移住の話は影も形もありません。

2023年8月、初めてバルセロナへ。旅行として訪れました。

2025年8月、2年ぶり2回目のスペイン。旧市街を歩きながらこの先について考えたときに、「ここに、住もう」とそう直感で閃いたことを覚えています。サハラマラソンで身につけた学びから、そういう閃きには素直に従うと決めていました。

決断が先で、理屈は後から追いかけている。帰国してから、移住の準備と会社の退職手続きを本格的に始めました。

直感のあと、論が実務に変わった

閃きの直後、バルセロナでカウンセリングを受けました。そこで出てきた話の多くは、8年間読んできたメルマガの主張とそのまま重なっていました。

移住には7年程度の準備期間が必要で、30代前半で動くのが妥当な時間設定だという話(Vol.664、2024-03-08)。ひとつの収入源に頼らず、通貨・拠点・仕事を分散させるべきだという話(Vol.765、2026-02-13)。フリーランスとしての実績作りやビザの要件整理といった実務的な話は、8年分の抽象論を手順に変換したものだったのだと今は思います。

つまり自分は、8年かけて判断基準をインストールし、閃きでスイッチを入れ、インストール済みの手順を実行した。そういう順番だったのだと思います。

都合の良い材料だけを集めない

ここまでは背中を押す材料ばかりですが、同じ資料体には自分に刺さる慎重論も入っています。集めた材料の半分を無視すると、ただの自己正当化になるので書いておきます。

時間設定を誤る型。「2年後に移住したい」のような急ぎすぎた計画は繰り返し否定されています。自分の計画も、閃きから逆算するとかなり速いほうです。7年計画に対して自分が何年目にいるのか、正直はっきりしていません。

外的環境のせいにする型。海外に出ても以前と同じ依存に戻っているだけなら、それは日本や会社のせいではないという指摘がありました(Vol.647、2023-11-10)。

思いつきの連打。計画性のなさを問われる指摘です(Vol.783)。閃きに従うことと、思いつきで動くことの境目はどこか。自分の場合、閃きは2025年8月の1回きりで、そのあとは退職・独立・取引先開拓・ビザ要件と、同じ線の上を進んできました。閃きが複数あって毎回乗り換えているなら思いつき、閃きは1回で以後は実装なら計画。今はそう思っていますが、油断すると崩れる境目だと思います。

そして最短の答え。ビジネスでも移住でも成功する人の特徴は、寂しがり屋を克服した人だという指摘です(Vol.750、2025-10-31)。移住の失敗要因として、気候でもビザでも金でもなく、孤独への耐性が挙げられているのが一番怖いところでした。

結局、なぜ来たのか

3つの層に分けると、こうなります。

引っぱられた層は生活です。気候。年間300日の晴天と、エアコンのいらない地中海性気候。8年間もっとも繰り返し読んだのがこの話で、実際に2度歩いて体で確認できたのもこの層でした。

押し出された層はリスクです。円の毀損、日本の財政、地政学的な距離。この層は理屈では理解していますが、自分の言葉ではまだ語れていません。

引き金の層は自分自身です。停滞への備え、ひとつの仕事に依存する危うさ、そして閃きには従うという自分の型。

順番としては、引き金が最初に引かれて、生活の層が後押しし、リスクの層はまだ言語化されていない。それが今の正直な自己認識です。

集めた460件のなかで、自分の記録にまったく対応物がない論点が1つだけあります。移住を逃亡ではなく、いずれ持ち帰る留学として位置づける枠組みです。何を持ち帰るのかを、自分は一度も書いていません。そこが、次に考えることだと思います。

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井上 周(Amane Inoue)の個人ブログです。技術・読書・ドラマ・旅・大学生活のことを書いています。