現地で聞いた話を、うのみにしない — 「この街は」「スペインでは」はその人の意見
一次情報に触れろ、人の話を直接聞け。移住を決めてから、この助言を何度も聞きました。自分もそのつもりで、こちらに来てからはできるだけ人と話すようにしています。
ただ、しばらく続けてみて気づいたことがあります。現地の人の口から聞いた話を、自分はそのまま「本当のこと」として受け取っていました。けれど、現地で聞いた話は一次情報ではありません。それは、その人の意見です。
現地で聞いた話は、一次情報ではない
海外に来て人と話していると、「この街は〜だ」「スペインでは〜が普通だ」という話をよく聞きます。ネットの記事ではなく、目の前の人が自分の言葉で話している。だから一次情報に触れている気になります。
でも、一次情報とは自分が見たこと、自分が体験したことです。人から聞いた話は、その人が自分の一次情報から出した感想であって、聞いた自分にとっては二次情報です。現地で聞いても、母語で聞いても、それは変わりません。目の前で語られたという事実が、話の中身を事実に変えるわけではないのです。
「この街は」の中身は、その人の位置
大家さんは、この街に長く暮らすイタリア人の建築家です。その大家さんが「汚くてうるさい町だ」と言いました。長く住む人の言葉なので、自分も最初はそれが街の実像だと受け取っていました。
けれど、その一言には、大家さんが住んでいる地区、家賃帯、この街に来た時期、比べている相手の街、その日の機嫌が入っています。「汚くてうるさい」は、大家さんが住んでいる場所から、大家さんの暮らし方で見たバルセロナです。
主語が「この街は」「スペインでは」と大きくなっていても、中身はその人が見た範囲の話です。街を知る手がかりというより、その人がどこから街を見ているかを知る手がかりだと思うようになりました。
翻訳して受け取り、自分で確かめる
だから人の話を聞かない、という結論ではありません。聞き方を変えます。「この街は〜だ」と聞いたら、「あなたはそう見ている」に翻訳して受け取る。どこに住んでいて、どこと比べて、そう思ったのかまで聞けると、その意見がどこから出てきたのかが見えてきます。
そうやって集めた話は、どれも N=1 です。大家さんの N=1、別の人の N=1。そこに自分の N=1 を足していく。街の実像は、集めた意見の平均ではなく、自分が住んで確かめた1つで決まります。そう腹をくくると、人の評価に振り回されずに、自分の目で街を見られるようになりました。
ここに書いていることも、あくまで自分ひとりの目線です。同じ街に来ても、正反対の印象を持つ人がいるかもしれないし、自分自身、半年後には違う景色が見えているはずです。住み始めたばかりの今の手探りを記録しておいて、この街が自分にとってどんな場所になるのかは、これから自分で確かめていきます。
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