Software as a Knowledge — コードが"知識"になる時代

4分で読める テック

最近、Obsidian のメモ帳を開く頻度が激減した。

何かが壊れたわけでも、飽きたわけでもない。知識をストックする先が変わったのだと、しばらく経ってから気づいた。テキストファイルから、コードへ。あるいはもっと正確に言えば、「AI が実行できるもの」へ。

Obsidian に知識を貯めていた頃

数年前から、仕事や学びで得た知識は Obsidian に書きためていた。ノートとノートをリンクでつなぎ、タグで分類して、「いつか役立つ形」で蓄積しておく。Zettelkasten 的なアプローチに憧れて、「このノートはうまく書けた」と達成感を得ることもあった。

ただ、正直に振り返ると、実際に「参照・活用」されるノートはごく一部だった。「AWS の IAM ロールの作り方」「ふりかえりのやり方」——書いた瞬間は満足なのだが、次に同じ課題に直面したとき、そのノートを探し出して読み返すコストが意外と高かった。知識はあるのに、使えない。そのギャップをずっと感じていた。

Claude Code を使い始めて気づいた変化

Claude Code(AI がコードベースを直接操作できる開発ツール)を使い始めてから、自然と CLAUDE.md や MCP サーバーの設定、skills の定義を書くようになった。

ある日、こう気づいた。

「これ、Obsidian にやっていたことと、やっていることが同じだ。」

たとえば CLAUDE.md に書いた「シンプル第一」「根本原因を見つける」という指針。これはかつて「仕事のやり方ベストプラクティス」として Obsidian のノートに書いていたものと、内容的にはほとんど同じだ。

決定的な違いは一つ。テキストメモは「自分が読む」もの、ソフトウェアは「AI が実行する」もの。知識が自動的に使われるかどうか——その差がかなり大きい。

知識がソフトウェアに結晶化されていく感覚

MCP サーバー — 知識をツールとして外部化する

このサイトの分析のために、GA4 / Search Console のデータを Claude に渡す MCP サーバー(Claude が外部ツールと連携するための仕組み)を作った。

サーバーの実装には、「どのメトリクスを見るべきか」「どんなクエリが有効か」「どの指標を優先するか」という判断知識が埋め込まれている。かつては Obsidian に「GA4 分析のベストプラクティス」ページを書いていたかもしれない。でも MCP サーバーなら、その知識が人間を介さず自動的に活用される。

ノートは「読まれないと死ぬ」。MCP は「存在するだけで動く」。

CLAUDE.md と skills — 自分の思考プロセスの外部化

Claude Code の設定ファイル CLAUDE.md には、プロジェクトごとの指針や制約を書く。グローバルには rules/ ディレクトリで、「どんな状況でどう判断するか」を書き溜めている。

これはまさに「自分の思考プロセスの外部化」だ。以前なら「こういう状況ではこう考えるべき」という判断フローを、頭の中か Obsidian のどこかに持っていた。今はそれが CLAUDE.md として存在し、AI が勝手に参照して動く。

skills(繰り返しの作業を AI に覚えさせる仕組み)も同じ。「コミット前にこのチェックをする」「PR を作るときにはこの情報を添える」——こういった手順知識が、実行可能なソフトウェアになった。

プログラミング言語の重力が変わっている

かつてのプログラミングは、コンピュータが理解できる厳密な構文を書くことだった。一文字でも間違えるとエラー。機械のルールに人間が合わせる世界。

AI 時代のコーディングは、それとは異なる感触がある。CLAUDE.md に書く「シンプル第一:最もシンプルな解決策をまず試す。過剰設計しない」という記述は、Python でも TypeScript でもない。でもこれは確かに AI が解釈して実行する「コード」だ。

自然言語に近い「意図・制約・アーキテクチャ」を記述することが、プログラミングの中心になってきている——そう感じている。この変化は面白いことに、ナレッジワーカーとエンジニアの境界を溶かしていく可能性があると思う。Excel マクロを書いたことがある人も、Zapier でワークフローを組んだことがある人も、本質的に同じことをやっている。

知識管理のこれから — 「書く」から「実行させる」へ

Obsidian を捨てたわけではない。思考の草稿場、アイデアを整理する場所としては今も使っている。

ただ、知識の使い方が変わった。

「再利用・自動化したい知識」はソフトウェアに変換するようになった。プロジェクトが一段落したとき、自然とこう問うようになっている——「この判断、MCP に落とせるか?」「この手順、skill にできるか?」

これはエンジニアだけの話ではないと思う。Excel マクロも、Zapier のワークフローも、Notion のテンプレートも、本質的には「知識をソフトウェアに変換する」行為だ。AI によってそのハードルが劇的に下がった。


知識がソフトウェアになる、というよりも、ソフトウェアを書くことが知識を作る行為になってきた。その感覚を言葉にしたくて書いた。

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