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カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』を読んだ感想!「人生の意味」について。

 
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先日、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を読みました。
たまたま書店のセールで見つけて積ん読してあった本で、コロナの影響で時間もできたので寝る前にコツコツ読み読破しました。

『私を離さないで』のあらすじ

主人公の介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしています。

親友トミーやルースも「提供者」でした。
彼らはみんな「ヘールシャム」という施設にて共に育った友人です。
キャシーは、ヘールシャムでの図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官たち態度を思い出していきます。
そして施設を出てからのみんなの様子も改装していくうちに、彼女らはヘールシャムの残酷な真実にたどり着いていくのです。

「謎」がない本だった

いつも、僕は本を一気読みしてしまう方です。
特に小説の場合、物語の続きが気になって、読むのをやめられなくなってしまうタイプで、つい夜ふかししてしまうなんてこともあります。
けれど、今回の本はそんなことはありませんでした。

その理由を考えてみたのですが、答えは1つでした。
この物語にはあまり「謎」がないのです。

「続きが気になる!」と思うには「謎」が必要です。
僕は推理小説を読み始めると続きが気になりすぎて夜ふかしして次の日睡魔との戦いになる、ということがよくあるのですが、その理由は「犯人が気になるから」です。

でも、この本ではあまり「謎」はありませんでした。
全体の話の中で特に大きな出来事が発生するわけでもなく、単調に物語が進んでいきます。
物語は、キャシーがまるで自分の人生を回想するように、思い出ごとに語られていく方式でした。

『私を離さないで』のテーマは「人生の意味」ではないか

僕は、この物語のテーマは「人生の意味」だと思いました。
ここからは若干のネタバレを含みますので、ご注意下さい。

登場人物であるキャシー、ルース、トミー。
また、ヘールシャムのみんな。
彼らは「普通の人」とはちょっと違っていました。
将来が「提供者」としてすでに決まっているのです。

彼女らには提供という「役割」があります。

彼らの生きる目的はその役割のためと言えるかもしれません。
けれど、じゃあ彼女らが生きる「使命に関係のないもの」にはどういう意味があるのでしょうか。
成長していく過程での人間関係、創作したもの、そうしたものには、どういった意味があるのでしょうか。
そういうことを考えさせられました。

キャシーが経験してきたこと、悩み、苦しみは無駄だったのでしょうか?
例えば、キャシーと親友のルースやトミーとの別れはさらりと描かれています。
幼い頃から仲良くした友人たちは、「提供」という目的に対しては無関係とも言えます。

キャシーたちには「提供」という目的がありますが、実際に行きている僕たちに当てはめて考えるとどうなるでしょうか。
ぼくらの生物としての役割、使命を見れば「子供を生み、子孫を残す」になるかと思います。
けれど、じゃあそれ以外の普段経験している苦しみや、悩み、成長といったことの意味は何なのだろうでしょう。

物語の終盤で、マダムからの言葉があります。

科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。

いろいろな解釈があるかと思いますが、僕はこのように考えてみました。

科学が発達して、全てが「効果」や「役割」で見られるようになった時代。
「人間の内面」や「成長」などの意味がないものが無視されるようになってしまう。
そんな時代は「無慈悲で残酷な世界」と言えるのだろう、と。

「生産性」という言葉もあります。
今の社会においては、人間の生産性を高めることが求められ、それが最上の概念になってしまっているような気がします。
売上をどのくらい上げられるのか。
どれだけ良い成績を取れるのか。

けれど、それだけを見るのであれば人が感じるストレスや感情には何の意味もないのでしょうか。

僕はここに疑問を感じました。
もちろん、仕事をする上では生産性は大事だし、評価対象になるのはわかります。
「結局生産性や使命、効果が大事!」という意見にも酸性なのですが、それだけにしたくないのです。

人生で経験するすべてのことにはきっと何か意味があるはずだし、あってほしいと思います。
他の動物と違って、「考える」という力を獲得した人間だから、その過程で得られる人との交流、悩み、経験。
そうしたものを「楽しむ」。
そういう一瞬一瞬に生きる意味があってもいいんじゃないかな、と思ったりする。

とはいえ、これはとても複雑な問題で、僕もまだ言語化できていない部分も多いです。
きっとこれはこれからも考えていかないといけない問いなんだろうな、と思いました。

「幸せ」であるためには、きっとぼくたちひとりひとりが自分の人生に何らかの意味をもつことが必要なんじゃないか、そんなことを考えてみた。

さて、あなたの人生の意味はなんでしょう?

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